お茶飲みしましょ!まずは一息。更新もまったりです。


by ittouan

言葉の重み

何気ない人の言葉に心グサッと傷つくことはおそらく誰にでも経験あること。

人の悪意はなるべく受けとらないようにしている私。
というか、人の言葉はなるべく悪意にとらないようにしています。
そんな能天気な私でも、やはりごくたまに傷つくことはある。
それが心許した人であったり、身近な人からの誤解であったならなおのこと。

はじめは怒り。何でこんなこと言われなくちゃいけないのー??
でもそれはすぐに納まって、あとはただ痛み。
憎いでもなく、悲しいともちょっと違う。
ただ心がしくしく痛いだけ。
放たれた言葉が、思いが、ナイフのように突き刺さって痛いだけ。
一対一でも痛いのに、それが多数からならどんなに痛いだろう。。。
大人の私が、じっとうずくまるようにして時間をかけて癒す痛みを
子供が数ヶ月、ときには数年にかけて味わっていたとしたら。。。

たぶん誰かの何気ない言葉から始まった”いじめ”といわれる行為、現象。
それは時に、生き物みたいに自分の手を離れて巨大に育ってしまうこともある。
原因を、そしてその責任を問うことは確かに必要。
でもそれを単なる糾弾・裁判に終わらせてはいけないと思う。

悲しい事件の報道を聞くたびに、報道のあり方と世論の傾向に心よぎる一抹の違和感。
まだ上手く話せない。
いつかきちんと整理できたらあらためて書きたいと思います。
だけど、ひとつだけわかっていることがある。

私は、ほんとに気をつけなければ。
私自身も、きっと誰かの心を思いがけなく痛めているかもしれないから。
言葉は使い方で暴力にもなり、時に誰かを死に追いやることさえあるのだから。
なにより、言葉を使う自分のホントの気持ちを見つめていなくては、と思います。
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by ittouan | 2006-10-16 21:04 | つぶやき