お茶飲みしましょ!まずは一息。更新もまったりです。


by ittouan

カテゴリ:記憶の引き出し( 4 )

雨の日文庫

雨の日文庫ってご存知の方、はたしていらっしゃるでしょうか。

昨夜夜中にふと目が覚めて、夢うつつに子供時代のことを思い出していました。
家族のこと、当時住んでいた家のこと、自分たちの部屋、そして、、、唐突にこの本のことを。
特に思い入れがあったわけでもなく、何十年も忘れていたものです。
1箱に20冊くらいの薄い本が入った短編集。
小学校の図書館にあったのか、いや自分の家にあったのか。
表紙の色だけが薄ぼんやりと浮かぶだけで、個々のタイトルも内容もまったく思い出すことができません。
もどかしいものの、そのうち記憶をだとるのにも疲れてまた眠りにつきました。


遠い時間の海から打ち上げられた漂流物、『記憶の断片』。
さきほど、古本のオークションで見つけました。

そうそう、この箱、この表紙!
やかれたさかな、ひろったラッパ、黒い小人、とけいの3時くん、、、、
読んだ読んだ!中の挿絵まで思い出してきましたよ。
ああ、懐かしいあの頃がよみがえってきました。
。。。。。。^^


梅雨空の午後、ひとときのタイムトラベルを楽しんだ私です。
窓の外を見ると、裏の畑は今日田んぼになったところでした。
これから毎晩、カエルの合唱がきこえてきます。
雨の季節、できることなら遠い昔に読んだ本を読み返してみたいものです。

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by ittouan | 2007-06-21 14:58 | 記憶の引き出し

三つ子の魂今日に続く

小さい頃、好きだったことって何ですか?
それを、今でも好きですか?


私は小さい頃大人の話を聞くのが好きなちょっと変わった子でした。
母や祖母がご近所さんとお茶飲みしながら話しているのを、横に座って自分もお茶いれて一緒に聞いていました。
大人の話って面白いなあーって、、、特に一段声を低くして話す内容には耳ダンボ!
当然、煙たがられることもありましたね。子供はあっち行って遊んでなさいって。
でも、動かないんですよねー。^^

それから、お話を作るのが好きでした。
夜ベッドに入ると、お気に入りの本の主人公やその仲間たちを自分と友達に置き換えて、空飛ぶじゅうたんに乗って冒険する空想なんかをしていました。
小学校では斑活動というのがありまして、班の友達を集めてはよく漫画や新聞、即興劇を作って遊んだものです。
劇といえば、3、4年生のクラスではお楽しみ会というクラス学芸会みたいなものがあったのですが、そんな時は皆でやるといっても、その実全部自分が仕切ってました。
脚本・演出・衣装・主演、すべて自分。。。やな奴ですねー。^^
でも先生は絶賛してくれましたから、まわりの子たちも文句言わずに付き合ってくれました。

残念ながら、大人になってそんな空想とかお話づくりみたいなひらめきは全くなくなりました。
ただ小学校で作った壁新聞は後に高校時代の新聞局での活動につながり、学生時代のサークル機関紙、職場でのミニコミ誌、そしてたぶんこのブログへとさまざまに形を変えながらも、「書いて発信する」という行為はかれこれ数十年続いていることになるでしょうか。
子供の頃に好きだったことって大人になってもその本質は変わらないものなんですね。
そうそう、今でも年配の方の話を聞くのは好きだし、もちろんお茶飲みも!
ただ、ヒソヒソ話だけはもう耳を立てることはありません。
あっち向いて、右から左~それだけが違うとこかな。


ついでにもう一つ。
小さい頃なりたかった職業って何ですか?
それは、実現しましたか?


子供の頃の夢。。。
私はまずは、スチュワーデスでした。アテンションプリーズ~大臣を先に降ろしまあす。笑
ええ格好しいでどこへでも出て行きたがる自分、今もそのままです。

次はお医者さん。
里中満智子さんの「明日輝く」という漫画に影響を受け、人命を守る使命感に憧れる。
看護婦さんに憧れる子が多い中、「看護婦さんはお医者のいう通り働くだけだからイヤ。」と言っていたのを覚えています。
人に尽くしたいけど、指図されるのはごめんですという自分、これまたそのまんま。^^

ほらねー、やっぱり。。。
私は当時の夢の職業には就けなかったけど、子供時代ってすごく的確に自分の本質を表していると思いませんか?
もし、いま自分に迷っていることがある方、子供時代のご自分に相談あれ!
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by ittouan | 2007-01-26 22:41 | 記憶の引き出し

初恋未満

恋ではなかった。
そう呼ぶには幼すぎた。
けれど、思いかえしてみるとただの同級生というカテゴリーからはちょっとはみ出る。
それが、マジマだ。

マジマはたしか小学5年のときに転校してきた。
色が白くて大きな瞳、きれいな顔立ちに似合わずわんぱくで口の達者な頭の回転の早い男の子だった。マジマとは委員が一緒になった。生活委員というやつだ。
お互い負けん気の強い私たちはことあるごとによくぶつかってケンカをした。
ケンカをしていない時は常に軽口を叩き合っていた。
これまた互いに口の立つ者同士、言い合いながら噴き出すような爽快なやりとりだった。
そして放課後には校庭で暗くなるまで缶けりなんかもする、つまりは仲の良い遊び仲間の一人だった。

中学に入ると、小学校のクラスの仲良しはみんなバラバラ。
特に私のクラスには一緒だった女子はいなかった。
なーんだ、私だけかあ。
男子の中には、マジマがいた。
『またお前と一緒かよ』
『こっちこそ迷惑だよ』
内心ちょっと心細かった私は正直少しホッとした。
小柄なマジマに真新しい学生服とカバンは妙に大きく不釣合いに見え、ちょっと可笑しかった。

新しくできた友達はにぎやかで楽しい子たちだったけど、田舎の小学校出の私なんかから比べるとちょっとおませさんたちだった。それまではいつもお山の大将だった私も少し気遅れを感じた。そして、そのわりに何だか会話がつまらなかった。
一緒にいても笑えないことが増えてきたある日、私は決めた。
このグループから離れようと。。。
不器用にも突然別行動をとり始めた私に、一瞬彼女たちも戸惑ったかもしれない。
だがそれはすぐに報復という形に姿を変えて私を襲ってきた。
大きな声で言うあからさまなイヤミ、悪口。
いわゆる、ちょっとしたイジメだった。
他の男子と談笑しながらマジマが、目の端で私を見ていた気がした。

連日彼女たちから次々に出てくる悪意の言葉を私は聞こえないふりをして元気にふるまった。
身の置き所をさがす休み時間は長く、ざらざらと居心地が悪かった。
できるかぎり優しそうな、ちょっと地味な子たちになるべく馴染もうと近づいたり、読みたくもない文庫本なんかをひっぱり出していたように思う。
そんな時、マジマが馴染みの気安さで軽口を叩きにきた。
小学校時代の威勢のいい私のあだ名も持ち出して。
これ幸い、私は即応戦した。
それは私に元気のよい私自身を思い出させ、つなぎとめてくれるひとときだった。
一日のうちのほんの何分いや何十秒でも、たすかる時間だったのだ。

けれどそんな二人のやりとりは、すぐに彼女たちの次の攻撃の対象になっていった。
『あーら、いつもお熱いことですこと!』
続くクスクス笑い。
すると、マジマがそのグループの中でも最も辛らつな口をきく子に向かって反撃を始めた。
二人の激しい言い争いが始まった。グループの子たちはもちろん彼女に参戦し、このバトルはその後長い期間続くことになった。
マジマは多分面白半分、そして本気半分だったと思う。
勝気な彼女が時々顔色を変えるくらいキツイことを言い放つこともしばしばあった。
仲を冷やかされてから私とマジマのやりとりはしだいになくなっていったが、気がつくと私への彼女たちの攻撃もまたいつの間にか立ち消えていた。
他に仲のよい子もできて、私の日々は穏やかになっていった。
マジマと彼女たちのバトルはしだいにトーンダウンしながらも相変わらず続いていたと思う。

2学期も終わりに近づいた頃だったろうか、マジマが転校することを知ったのは。
…えっ?
心に不思議な違和感があったけど、知らん顔をしていた。
一度だけ、どこへ行くのか聞いてみた。
『おう、旭川だ』と短く答えてマジマは笑った。

それからたいした口をきくこともなくその日は来た。
まわりの男子たちに『じゃあなー』とか言いながら、放課後とうとうマジマが教室を出て行った。
掃除の時間だっただろうか。
私は2階の教室の窓から、待った。
玄関を出てマジマが歩いてくる。
上から、声をかけた。
努めて明るく、何か軽口を言い放った。
まぶしそうにこちらを見上げて、マジマが言葉を返してきた。
何を言い合ったのか、覚えてはいない。
最後の軽口合戦。
遠く届かなくなるまで私は何か言い続け、マジマはそのたび振り返って返した。
高い空と少し冷たい風が心地よい、秋の午後だった。
後姿のマジマにその学生服とかばんはすでにすんなりと馴染んでいて、それは少しまぶしく、説明のつかない寂しさをいつまでも私に残していった。



※ 私小説もどきの試みです。
  2ヶ月くらい前突然彼の夢をみて、記憶のはるか彼方をたぐり寄せてみました。
  自分の記憶をとどめておきたくて…
  オチのない長文を最後まで読んで下った方、アリガトウゴザイマス。^^
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by ittouan | 2006-11-01 14:28 | 記憶の引き出し

おばあちゃんの百人一首

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先日ふと、文字の練習がしたくてテキストを探していたところ『えんぴつでなぞり書き 百人一首』という本が目にとまり、買ってみました。
楷書と行書のお手本をなぞるようになっていて、歌や作者の解説もあります。
あらためて読むと情熱的な恋の歌が多く、そうかこういう意味だったのかと感心したり。
薄紙を置いてなぞったり、お手本を見て練習したり、無心で書いては、声に出して読んだりもしました。
すると、ふいに独特の節で句を読みあげるおばあちゃんの声が私の中に響き出しました。



我が家の百人一首は旧字の難しい書体で書かれた古い木の札で、書をたしなむ大人でも取るのが難しいという、ちょっと珍しいものでした。
私が小学生の頃どこからか出てきて、私たち三姉妹はそれまでのカルタなどはやめてこのハードルの高い遊びに夢中になっていきました。大人たちが時折ああだこうだと文字を読み解くのに集まってくるのも、子供心に楽しい気がしました。
うちのあたりは下の句も読む風習なので、句を覚えていなくても札さえ覚えれば子供でも取れたのです。
私たちが取りやすいよう、祖母は下の句を大きな声で何度も読んでくれました。


私たち姉妹がこぞって狙っていたのは

天の原 ふりさけ見れば 春日なる 
  三笠の山に 出でし月かも
        安部仲麿    ※1

  
それと

天つ風 雲の通い路 吹き閉ぢよ
  をとめの姿 しばしとどめむ
        僧正遍昭    ※2

 

『三笠』は文字がわかりやすかったのと、『乙女』は多分響きが好きだったのでしょう。
その札の前に手をかざして読まれるのを待っていたりしたものです。


そうそう、とっておきがありました。


あしびきの 山鳥の尾の しだり尾の
   ながながし夜を ひとりかも寝む
    柿本人麻呂   ※3  


この句の『ながながし夜』を読むとき、おばあちゃんはいつも 『ながながションベン~』 と読み替えて私たちを喜ばせてくれましたっけ。


一首一首ペンを進めるたびに、祖母の懐かしい声と幼かった私たち姉妹の元気な姿、それを見守る家族の顔、部屋に敷かれた絨毯の感触までが次々に甦ります。
人の記憶とは何て神秘的で官能的なものなんでしょう。

いま一人机に向かって百人一首を書きなぞる時間、それは。。。
静かでいて、懐かしくあたたかい空気漂う、とっておきの時間になりました。



現代語訳

※1   大空をはるかに見渡して月を見ていると、この月はかつて見た故郷奈良の
      春日にある三笠山に出た月にほかならない。

※2   空吹く風よ、天女が通る雲の中の路を吹き閉ざしてくれ。
     舞い終わって帰るこの美しい天女の姿をもうしばらくこの地上にとどめておきたい。


※3   山鳥の尾の、長く垂れ下がった尾よりも長いこの秋の夜を、
      ひとり寂しく寝ることになるのだろうか。
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by ittouan | 2006-09-07 12:30 | 記憶の引き出し